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友達に自分をさらけ出すことができない【Ask.fmに寄せられた質問から】

弱みを握られる、見下されることが怖くて自分をさらけ出せない

ゆりこさんこんにちは。前からブログで一松が好きだということを知っていたのですが、実は、私も一松が好きで、親近感を抱いてました。一松と、似ているところがあるところも、とっても共感します。私は、内弁慶な性格を直したいのですが、なかなかできません。友達に、自分をさらけ出すと、弱みを握られるとか、見下されるとかそういうことが怖いです。そういう性格のためか、親しい友人がいません。どうしたらいいでしょうかよろしくお願いします。
(Ask.fmに寄せられた匿名希望さまからの質問より)

こんにちは。回答までお時間を頂いてしまい申し訳のない限りです。

一松に親近感を持つという気持ちを共有できていること、嬉しく思います。彼のことはどうしても他人に思えないんですよね。とても自分に似ていると感じます。

さて、あなたは弱みを握られるとか、見下されるということが怖いということですが、これは大変自然なことだと思います。私も同じですよ。誰しも(程度に差はあれど)他人から見下されたりはしたくないと、恐れの気持ちを持っているのではないかと思います。ですから、そういう考え方を持っているということに対して否定的な気持ちを持つ必要はありませんよ、ということをお伝えしておきますね。

そもそも、友達だからといって自分のすべてをさらけ出している人は限りなく少ないのではないかなと想像します。少しずつ、「これなら話せる」ということから話していけばそれでいいと思います。言いたくないことまで言う必要なんてありません。

もっと言えば、「この人にこれを言っては見下されるかも」という相手に対して自分の内面を吐露することは避けた方がいいとさえ思います。自分のことを見下すかもしれないような相手を友達にする意味が私にはわかりません。そういうものは信頼がおける相手であると見定めたうえで、なおかつ話しても大丈夫なところまでを話すのがいいと考えます。それはあなたがあなた自身を守るという意味で必要な「自衛」です。

私はブログにおいて、松野一松は弱い人間だという話を書きました。そのため、その弱い自分が傷つかないようにあのような態度をとっているのではないかと考えているのです。誤解しないでいただきたいのは、弱い人間であることを否定的に書いているわけではないということです。個人差はありますが、誰でも自分に対して向けられる非難の言葉には恐れを感じるものと思います。そうした言葉から自分を守るために反射的にとりうる言動について、それを否定することは自分をますます傷つけることになるのではないかと私は考えています。非難の言葉を向けられることへの畏怖から、人との深い関わりを持つことを避けることはむしろ自然なことであるというのが私の考え方です。

ではどうすればいいか。インターネットを通じた人間関係の構築はあなたのような人にとって(利用の仕方によっては)とても居心地の良いものとなりうる可能性があります。

今の私とあなたの関係を考えてみましょう。

私とあなたは今「松野一松に親近感を持っている」という共通点を有していますよね。でもこれは匿名で質問されているあなたが、自ら「このことは打ち明けてもいい」と思って公開したことでわかったことです。もしあなたがこれを打ち明けてくれなければ、私はあなたという人物について何も知らないままでいることもできました。

インターネットでは(原則として)現実世界とは違う名義が使用されます。匿名のまま書き込みを繰り返すユーザーも多く存在します。自分から公開しなければ相手に自分のことを何も知らせないまま一方的に物を言うことさえできてしまうのです。

自分のことを打ち明けないまま人とのコミュニケーションを行えることが、インターネットを利用することのメリットでもありデメリットでもあるところです。これをどう使うかによって、あなたの「親しい友人がいない」という悩みが解消される可能性はあります。練習だと思ってインターネットで誰かと繋がってみる、というのも手段として挙げられるのではないかなと思います。

何か参考になるようなところがあれば幸いです。よければまたお話を聞かせてください。

 

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