作品の評価を下すのは個人であって属性ではないという話

はてなブックマークのホットエントリーに「おそ松さん」に関連する記事が浮上していた。しかし、その内容は「面白いと感じない」というものだった。毎週非常に面白おかしく作品を楽しんでいる者として、そういう方の感想が気になったので目を通してみたのだが……その記事について思うところがあったので今回はそれについてごく簡潔に言及することにした。まず、当該記事の一部を以下に引用する。

お、お父さんにはちっとも「面白い」と思えないのだが・・・ でも息子も爆笑している・・・ よ、嫁は?・・・新聞読んでて興味がないようだ。 「あぁ、歳を取るとこう言うのでは笑えなくなるんだな・・・」と。別に「おそ松さん」がダメなわけではない。 ただわたしは笑えなかったというだけの話。 他のみんなが面白いなんて言ってるものを見たり読んだりしても「そうでもないなぁ」と言う事が増えた。

これが歳を取ったということだろうか?「おそ松さん」ってアニメが面白いと感じない。 - 攻めは飛車角銀桂守りは金銀三枚

「笑えなかった」作品のアフィリエイトリンクを貼り付けているのがおそらくこの記事最大の笑いどころ。

……冗談はさておき。

どうもこの方は「おそ松さん」の18話だけを視聴して記事を書いたようなのである。よりにもよって18話だけを視聴するなんて……それでは「おそ松さん」の良さがわかるわけはない!!私も先日この18話を視聴したのだが「最終回にしてもおかしくない内容」であるという感想を抱いた。この18話は、17話までに登場した細かなネタや他作品のパロディーを随所に散りばめた上で、これまでに登場したキャラクターたちが「アニメの主役をもぎ取る」というメタフィクションのオールスター戦を展開する、という内容。つまりこの回だけを見ても「おそ松さん」がよくわからないのは当然のことなのだ。

さらにこの18話、放送直後はその内容のみならず「作画」もファンの間で話題となった。というのも枚数を使った派手なアクション作画を得意とすることで定評のあるアニメーター・松本憲生さんが原画に加わっていたため。ギャグアニメを見ていたことを忘れさせるダイナミックな動きに思わず恍惚としたほど。

「おそ松さん」という作品は各話ごとに物語の「色」が大きく異なる物語だ。ファンの中でも「どの回がイチオシか」を問うとばっさり意見が割れるほどである。

個人的に、これまでの物語をすべて観るだけの時間がないという方にはひとまず以下の回の鑑賞を推奨している。

第2話「就職しよう」「おそ松の憂鬱」
第3話「こぼれ話集」
第5話「カラ松事変」「エスパーニャンコ」
第7話「トド松と5人の悪魔」「4個」「北へ」「ダヨーン相談室」
第10話「イヤミチビ太のレンタル彼女」
第16話「松野松楠」「一松事変」

3分の1にまで絞ってみた。これだけ観てもものの3時間。とにかくあっという間に経過するので意見するより前にまずはこの回だけでも視聴していただきたい。すべて見た上でつまらなかったらあなたの感性とはマッチしなかったというだけのことだ。さようなら。

ちなみに選定基準は「『おそ松さん』という作品を通して制作側がやりたいことが強く感じられる回である」こと。無論、それがまったく感じられない回など存在しないのだが個人的に作話意図が「わかりやすい」と感じたものをピックアップしている。まだ「おそ松さん」を観ていないという方でなおかつ時間があまりないという方はぜひこれを参考にしていただけたら幸いだ。そして時間が出来次第、すべての回を観ていただきたい。

だが私が今回この記事を書いたのは「歳を取るとこう言うのでは笑えなくなるんだな」という表現から感じる「逃げ」の姿勢に対する批判を述べておきたかったことが大きい。

単に自分の好みに合わなかっただけのものを「年齢」「性別」といった自分の属性を理由にする語り口が存在する。たとえば「腐女子に人気のある作品のことが男の自分にわかるわけがない」といった表現だ。こうした言説を前提とした「男でもわかる」ということを売りにした解説動画も存在するようだが、私はこういう表現を見るたびにひどくがっかりするのだ。

作品の内容を評価するのは個人であって、属性ではない。支持基盤が特定の層に集中することがあっても、そのことを絡めて作品の評価を下すのは好ましくないというのが私の考えだ。なぜ自分自身の意見を口にすることをそんなに躊躇うのだろう。

この方に限った事ではないのだが「歳をとるにつれて面白いと感じるものが減った」という言葉を見るたびに「年毎に感受性が低下して作品の良さを理解できないことが増えた」という言葉に勝手に置き換えて読んでしまう悪癖を私は持っている。しかしだ、実際そう読めはしないだろうか。自身の感受性が低下したために作品の良さを見つけられない状態をいったいなぜ「年齢」や「性別」のせいにしてしまうのか。あなた自身の問題であるだろうに、と思う。

もちろん好きな作品の傾向ががらりと変わったがために特定のジャンルの作品の良さがわからなくなるようなこともありうる。しかしその場合は「私の好みが変わった」からであって、年齢のせいでは決してない。人生のうちでいろいろなことを経験する中でものの考え方、感じ方が変化したことを「歳をとったから」の一言で説明しているつもりなのかもしれないがそれはまったく説明になっていない。

「おそ松さん」という作品を「女性に媚びている」と決めつけて評価を下そうとする人が散見される。しかし、BLを愛好する「腐女子」である私がこの作品に対して抱いている印象はこれとはまったく異なっている。

「おそ松さん」は作中のキャラクターのみならず、アニメを作る側/観る側の人間も滑稽なものとして描こうと試みている作品だ(と私は理解している)。

アニメそのもの、そしてアニメを作る側/観る側の人間に対する批判がこの作品の随所に散りばめられている。それが特にわかりやすいのが円盤未収録の第1話「ふっかつ!おそ松くん」、第3.5話(円盤のみ収録)「松汁」、第7話「ダヨーン相談室」、第16話「松野松楠」、第18話「逆襲のイヤミ」など。なお、この点については「おそ松さん」終了後に可能な限り丁寧な考察を試みるつもりでいるのでここではその詳細は述べない。

ひとまずここでは「女性に媚びている」と一部の人に思わせている表現そのものがむしろ視聴者側を批判するような表現である、とだけ留めて表現しておく。F6に興奮するトト子を「滑稽なもの」として描いている時点でそういう読み取り方が可能である点は言うまでもない。

「おそ松さん」は決して女性だけを対象とした作品ではない。若年層だけを対象とした作品でもない。これだけはしつこいほどに書いておく。そしてその良さが理解できなかったとしても「性別」「年齢」を理由にして批判を述べるのは浅薄というもの。

ということを主張したいがためにこの記事を書いた。もし自分の属性だけを理由に取り上げて物事を語った経験のある方はこれを機に考えを少しでも改めていただければ嬉しく思う。

 

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