松野カラ松はなぜバスローブを女性のように着ていたか松野チョロ松の扮装と結びつけて考える

【当ブログのアニメ考察記事を読む前のご注意】

一連の考察記事はあくまで「私はこう読み解く」という個人的な考えについて述べるものであり、アニメ制作側の意図を的中させることを目的として書いた文章ではないことをあらかじめご理解いただきたい。現在、Ask.fmを通じて「ギャグアニメを深く考察することは無駄」「制作サイドはオープニング映像には特に意味がないと語っている」(※ソース不明。誰かご存知の方情報提供求む)「ギャグアニメなんだから何も考えずに見てろ」といった厳しいご意見を頂いているが、私の目的は制作側の意図通りにアニメ考察をすることではない(個人的に「こうした読み取り方もできるかもしれない」と考えたことについて述べているにすぎない)のでこのような意見を多数寄せられて困惑している。また、私の記事を好意的に評価していただいている読者の方からは「私は何も考えずに観て楽しんでいるだけなので、深い考察記事が書けるあなたはすごい」という大変嬉しい言葉も頂いているのだが、これについても「ギャグアニメであるので私も最初の3回目くらいまでは何も考えずに観て楽しんでいます。考察をして楽しむのはそれ以降の視聴からですね」という内容で返答をさせていただいた。何も考えずに観ても楽しい、あれこれ考えながら観てもまた楽しいのが「おそ松さん」の魅力であると私は常々記述してきたつもりなのだが、これらがまったく伝わっていなかったことに深い悲しみを覚えるとともに、自身の言葉の足りなさについて非常に反省しているところである。どうもすみません。

今後の考察記事でも同様の注意をごく簡潔に提示することでアニメ考察記事に対して不快感を覚える読者の方の目に触れないよう配慮させていただくこととする。これまでの考察記事で不愉快な思いをされた読者の方に心からお詫び申し上げる。

 

松野カラ松はなぜバスローブを女性の着方で着ていたか

さて、前置きが長くなってしまった。
今回はTwitterのフォロワーさんからの質問を元に考察を展開してみようと思う。

もりりんさんから「カラ松兄さんのバスローブの着方」について疑問があるという質問を頂いた。これは4話Bパート「トト子なのだ」の回でカラ松がバスローブを着て登場するシーンに関する質問である。この質問に対して単なる作画ミスの可能性を提示するのはあまりにもつまらないので、今回は敢えて「カラ松はなぜバスローブを女性の着方で着ていたか」について深読みを試みた。

実は、松野カラ松以外に「女性」を想像させる服の着方を過去にしていた人物がもう一人いる。松野チョロ松である。

2話デリバリーコントで「湖の女神」に扮した松野チョロ松

思い出していただきたい。2話のデリバリーコントにおいて松野チョロ松が扮していたのがイソップ寓話「金の斧」をモチーフとしているであろう「湖の女神」であったことを。まず、このデリバリーコントから私が読み取ったことについて述べていく。それでは最初に湖の女神に扮した松野チョロ松と釣り人に扮した松野十四松との間で展開されたデリバリーコントの内容を振り返ることにしよう。

①釣り人に扮した松野十四松が釣竿を湖(正確には釣り堀)に落としてしまう
②湖の女神に扮した松野チョロ松が「鋼の阿修羅像」と「ゼリーの阿修羅像」を持って現れる
③釣り人に扮した松野十四松が正直にどちらも初めて見た(=知らない)と伝える
④湖の女神に扮した松野チョロ松が「聖澤庄之助」を釣り人に扮した松野十四松に与える

ちなみにこのあと松野十四松に与えられた「聖澤庄之助」は「ニューおそ松兄さん」としておそ松を除く5人の兄弟から歓迎されている。

イソップ寓話の「金の斧」と同様、このデリバリーコントにおいても「神」は「正直な者に対して恵みをもたらす」ものである、ということが示されているということは指摘できる。では、正直な松野十四松に与えられたものは何であったか。彼が家宝にすると喜んだものは何であったか。のちに「ニューおそ松兄さん」と呼ばれる聖澤庄之助は「新しい家族」として迎え入れられたのではなかったか。

正直な者に対して「新しい家族」を与える女神を描いたのが、このデリバリーコントだ。

なお、イソップ寓話の「金の斧」では最初に落とした斧も木こりに返却されているが、このコントでは釣竿を失った代わりに聖澤庄之助を得たことになっていることも指摘しておきたい。釣り人に扮した松野十四松は「今日こそ湖の主を釣り上げ」たいと意気込んでいた。もし湖の主を釣り上げたなら食材として晩餐にするだろう。いや、あるいは物珍しい湖の主として売却し、金銭を得ていたかもしれない。いずれにしろ彼がそうした利益を獲得するために必要な道具である釣竿を喪失した、ということを元に「新しい家族を得ることと引き換えに大きな資産を失うこと」がこのコントにより描かれていると読み取ることはできないだろうか。

そして大きな資産を奪いながらも新しい家族を与えるのはもっぱら女性の姿で想像される神であることもここで示しておく。つまり、松野チョロ松はそういう女神に扮していたのだ。

「松野カラ松は新しい家族をトト子に与えようとしていた」説

では、この長い前置きをふまえていただいた上で4話Bパートにおけるトト子の部屋に来訪する兄弟たちの様子を確認してもらいたい。

トト子の部屋に来訪した順に
おそ松:トト子から告白されたらどうしようと緊張している(愛の告白を期待)
十四松:「野球すんのかな?」(一緒に野球をすることを期待)
トド松:「期待したぁあああ!!!」との発言から愛の告白を期待したものと推察。
一松:バンドマンのような服装・ヘアスタイルで登場。(普段着とのギャップの大きさからある程度の期待はあったものと考えられなくもない)
カラ松:風呂上りのバスローブ姿で来訪。着方は女性のもの。他の兄弟からドン引きされても平然とくつろいでいる。

という具合だ。

私が気になったのはカラ松の堂々とした態度のことである。トト子に対して思いっきり格好をつけた(その結果として方向性がズレた)だけであれば、他の兄弟がドン引きしている時点で自らのとった行動のおかしさに気付いてもいいはずだ。しかし自らがくつろいでいる真後ろで「怖いよね」と語り合う兄弟たちの発言にまったく動じていないところに私は違和感を覚えた。

そこで思い出したのが「女性として想像される神に扮していた松野チョロ松」のことである。松野カラ松の一連の違和感のある行動と、松野チョロ松がデリバリーコント内で演じた役割とに何らかの共通点が存在するのではないか?私はそのように考えたのだ。

もりりんさんからの指摘にあったように、松野カラ松はバスローブを女性の着方で着用している。このことからこの場面での松野カラ松がとっている行動は女性として想像される神に扮していた松野チョロ松がとった行動から説明できるのではないか、そう考えたときに「新しい家族を与える」という女神の役割のことに思い至った。

私の考えはこうだ。

松野カラ松はトト子から「あなたが好き」という正直な告白があった場合には自らを「新しい家族」としてトト子に対して提供する心づもりであったのではないか

そしてその際大きく失われることになるのは「家に呼んだだけなのに風呂上がりのバスローブ姿で来るなんて怖い」という評価が他者から下されるということ。つまり松野カラ松はそういうリスクを背負いながらもトト子に対する絶大な期待感を持って来訪したのではないかというように私は考えたのである。

というわけで今回はもりりんさんの疑問に答えるべくチョロ松の扮装とカラ松の格好を結び付けることで論を展開したが、他の観点からもあれこれ考察はできるテーマであるように思う。この記事をきっかけに皆様にもいろいろな想像を膨らませてもらい、「何も考えなくてもおもしろい。何か考えてもおもしろい」という「おそ松さん」ワールドを堪能してもらえれば嬉しく思う。

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